くるくると。
2017年 08月 17日

もともと出不精ですから遊園地にも数えるくらいしか出かけたことはありません。さらに、スピードのあるものは苦手、高低差のあるものもコワイ、高所恐怖症なので身体が剥き出しになっているものは論外…となると、乗れるものが極端に少なくなります。子どもの頃に、それこそ幼児でも乗れるような短いコースターのようなものですら、ガッタンと落ちる瞬間が怖かったですし、考えてみたらそれ以来乘っていませんね(笑)。バイキングだけはダイジョウブだったという「記憶」があったので大人になってから一度だけ試してみたら、並んでいた区切りで船のいちばん外側になり(苦笑)大変な思いをしました。気分は悪くなるし、あまりの恐怖で声も出ないのに涙だけボロボロと流して、もうほんとヨレヨレになって降りました。おかしいなぁ、これだけは乗れたはずなのにとよくよく思い返してみれば「ダイジョウブだった記憶」のときには、船のいちばん前の列に座っていたんでした…
唯一、怖くなく楽しめるのが観覧車なので、機会があれば乘るのですけれど、この話をすると一様に「あれ、高所恐怖症なのになぜ観覧車はダイジョウブなの?」という反応が。確かにそうですよね(笑)。
身体が剥き出しになっていなくて、足が「床」についていれば大丈夫なのです。飛行機にもケーブルカーにも乗れるし、タワーの展望台などで景色を眺めるのも怖くはないです。(あ、でも、たとえば足元がガラスになっていて真下が見える、というのはダメかな…) 足が地についていない、空中に身体が出ている状態が怖いというのは、それこそ幼少時に「ジャングルジム」のてっぺんまで登れなかったのが象徴的だなと思います。校庭にあった登り棒もそう、雲梯も、そう。恐怖でよく途中で固まっていたなぁ…一度も登り切れませんでした。こう書いていると単なる運動神経の問題な気もしますが…(苦笑)。
外国の移動式遊園地などで、ただの籠がぐるぐると猛スピードで何周もまわるような観覧車はさすがに「床」があってもダメで、見ているだけで眩暈がしそうですけど、日本の観覧車は「ちゃんと乗り物」で、ドアさえちゃんと閉まっていれば心配ない、と思えるのですよね。ジェットコースターのベルトやレバーが外れたら…という変な想像と同じように「鍵が急に外れたら…」「籠が落ちたら…」とまでは考えないのが自分でも不思議です。もしかしたら、「これすら怖くなったらもうなにも楽しめるものがない」とわかっているから、あえて考えないようにしている…のかもしれませんが。
ゆっくりゆっくり上がっていって、空にほんの少し近づいて行きながら家々や道路が少し小さくなって、頂点に居るのはほんの一瞬で、また少しづつ元の位置へ戻ってゆく。同じ速度でくるくると永遠のように廻っているけれど、ひとつひとつの籠は始まりと終わりがきちんとしていることに安心感があるのでしょうね。非現実ではなく、「日常の中のちょっと特別なこと」という感じに惹かれるのかもしれません。姿そのものが左右対称で美しいですし、ここ数年なぜか鉄塔がとても気になっていることと重なって、やっぱり観覧車は眺めているだけでも嬉しい、と改めて思うのでした。
↓お菓子のハナシではないけれど…

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