きっと

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 物心、というものが付いた頃からずっと、空を眺めることが習慣になっていました。何かを思うたび、誰かを想うたび、その瞬間の空を見上げては雲のカタチや空の色を記憶したいと思ったものでした。

 今こんなにも真剣に思っていることも、もしかしたら時間の流れとともに消えていってしまうかもしれない。だからこそ、いつか、「今と似た空」を見かけたら、その時の想いの欠片が漂っているかも…鮮やかに思い出すかも…そんな風に思っていました。

 想いは空へ。ふわりと漂って大気に溶けて。雲と一緒にどこかへ流れて。そしてまた戻ってくる。空が受け止めるのはもちろん大勢の想いなのだから、たとえば夕暮れ時にふと呼ばれたような気がして見上げた空が懐かしい色をしていても、きっとそれは「誰かが」溶かした想いの名残なのだろう、ほんの少しの共通項が「あなたにも、こんなこと、なかった?」と話しかけている感じなのだろう…と。

 言葉数が多くなって、人とのコミュニケーションが以前よりスムーズになってきたと自覚した頃、ふと気がついたのは「最近空を見詰めていないな」ということ。眺めてはいるけれど、昔のような熱心さを持って真剣に見詰める、という感じではなくなっていたのです。空気に溶かすよりも、今、目の前にいるひとに、きちんと、視線を合わせて伝えたい。どこか消極的なわたしから、「発信」するわたしへ。今から思えば、それが、変化の兆しでした。

 今では断然、いかに「想いを言葉に乗せて伝えるか」に力をいれていますが、それでも。なかなか逢う機会がない人。記憶の中の懐かしい人。そして、もう逢えない、かつて優しくしてくれたひとたちや、年長者たち。思い入れが深いほど、やはり、空に想いを託しているような気がします。どこかで同じ空を見ているかな。今漂っている雲は、数分前にあなたが見ていた雲かな。うんと遠く離れているのなら、雲や空の色と形は違うけれど、月はきっと、おなじ月を見ているよね。言葉だけでは表現しきれない想いについて考える時、やはり空を眺めてしまうわたしがいます。

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by farine12 | 2007-05-23 23:51 | 想いの欠片/Pieces of My Mind | Comments(0)

創作スタジオ粉工房のブログ。レッスンの様子や日々のあれこれを綴ります。


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